統合医療学会に身体均整法に関する論文を提出(その4)
「身体均整法の特徴と運動学的な意義について」(4)
characteristic and significance of kinsei、a view of kinematics
(前回に引き続いて、6月末に日本統合医療学会に提出した論文「身体均整法の特徴と運動学的な意義について」の内容を紹介してゆきます。)
4.身体均整法の運動系に対するアプローチ
実際に身体均整法をおこなうにあたっては、姿勢保持能力や運動能力が、対象者のなかでどのように働いているかが大きな問題となる。
高齢化にともなう円背、伸展能力の低下、重心位置の後方移動能力の低下を、広い意味での姿勢保持機能の一環のなかで評価することが必要なのである。
運動学的に見れば、姿勢保持能力は、足関節や膝関節、股関節、脊柱の椎間関節のアライメントに依存し、一つ一つの関節の安定性(stability)、可動性(mobility)、強度(strength)の積み重ねと神経系による統合によって生み出される。
さらに、対象者本人の運動機能・自律神経機能・心理状態などをも反映した重層性と自律性をもっている。
このことが、実際にどのように施術に反映するのかを掘り下げてみよう。
高齢者特有の円背が進行してくるにつれ身体は前傾してくる。直立姿勢を保つためには、荷重中心を足底面のなかで捉えることが不可欠であるから、なんらかのカウンターアクティビティ、カウンターウェイト、カウンタームーブメントが働いてくる。
小野・琉子論文にある「前後方向の移動能力の低下」、「後方への移動の困難」や高井・宮野論文にある「骨盤の水平化」、「立位時の膝関節の屈曲角度の増大」、重心の「後方に変位」などの特徴は、そういった観点で理解できる。
いいかえると、円背姿勢では、上体前傾に対するカウンターアクティビティとして、腰背部から下肢にかけての伸展力が最大限動員された状態であり、これが、円背の特徴でもある下部附肋骨(腰部伸展筋である腰方形筋の起始部)の硬化や股関節外旋筋の緊張による外股姿勢をもたらすのである。
ただ同じ前傾であっても、右前に傾くのか、左前に傾くのか、右回旋に傾くのか、左回旋に傾くのか、正面に傾くのかで、体幹〜下肢の関節アライメントに与える影響は大きく異なる。
大切なことは、円背という現象を、より大きな姿勢保持能力のなかにたえず位置付けて理解しておくことである。
5.カテゴリー(体型)による姿勢評価の必要性
円背に代表される脊柱の前後(屈曲/伸展)方向の変位は、姿勢保持機能のなかのもっとも基本的な問題である。
たとえば川上吉昭・村上直人「坑内夫の脊柱彎曲並びに可動域について」(『産業医学』第2巻第5号 1960.5)は昭和30年代の炭鉱労働従事者を調査し、理容師と比較している。胸椎彎曲度には差がないものの、腰椎彎曲度が浅く、理容師に比して全脊柱が後彎の傾向を示すとしている。
さまざまな職業における作業姿勢は、なんらかの程度、脊柱の前後(屈曲/伸展)方向の負荷を含んでいる。このような脊柱の後彎傾向と高齢者の円背はけっして無縁なものではない。
より大きな姿勢保持能力の観点から、前後(屈曲/伸展)方向の姿勢変位を位置付けてみよう。
人は、成長過程で次第に前後方向の代償性彎曲を獲得する(Rene Caillient :Low Back Pain Syndrome edition3 1981 荻島秀男訳 『腰痛症』第2版9刷 1991 医歯薬出版 p.18?20)。
このような代償性彎曲は、サル回しの芸を仕込まれたニホンザルにおいても発生することが知られている。平崎鋭矢「サルのロコモーションを調べる」(『バイオメカニズム学会誌』vol.28 no.1 2004)によると、呼気分析とキネマティクスの分析から、サル回しのサルは、1.股関節と膝関節を伸展位で用い、2.その結果、少ない関節角度で大きな歩幅を確保し、3.立脚相での膝伸展により倒立振り子原理を活用した歩きを実現し、4.体幹の揺れを少なくして歩行の安定性を確保しているとし、「サル回しのサルが普通のサルより効率よく歩く」と指摘している。
脊柱の代償性彎曲は直立二足歩行のエネルギー効率を高める上で重要な役割をはたしているのである。
その一方、肩こりや腰痛に代表されるように、脊柱の代償性彎曲によって生ずる頚部や腰部の伸展部位は痛みや筋スパズムの多発する部位にもなっている。
昭和30年代に6〜17歳の児童2259名を調べた川上吉昭の報告「脊柱彎曲の体力医学的研究・第四報腰椎部を主とした脊柱可動域に関する研究」(『体力医学』第7巻第2号 1958.4)によると、腰部の「後屈(伸展)可動域」は「左屈可動域」・「右屈可動域」・「左右屈可動域(左屈と右屈を合算したもの)」と有意に正の相関を示すとされる。ただ前屈可動域のみは相関しないことを指摘している。
この原因として、川上は、腰部伸展にともなう解剖学的運動制限を指摘している。
整形外科的徒手検査では、神経根症を検出する方法として、椎間孔圧迫テスト、ジャクソンテスト、スパーリングテスト(最大椎間孔圧迫テスト)などがある(ジョセフ・J・シプリアーノ『写真で学ぶ整形外科テスト法』医道の日本社1986.2参照)。
この検査の根拠となっているのは、脊柱の伸展・側屈(側屈した側)・回旋(回旋した側)の姿位で生ずる椎間孔の縮小である。これらの動作は、いずれも脊柱後面の突起部が密着し、脊髄から出る神経の経路となる椎間孔を狭くするという共通の性質を持っている。
川上の指摘した伸展制限にともなう解剖学的運動制限とは、このことを指すと見られる。
Rene Caillient 前掲書は、「姿勢に起因されるとされる腰痛の大部分は、骨盤傾斜の増大、腰仙角の増大、腰椎前彎の付随的増大、椎間関節の滑膜組織の刺激によって起こる痛み」と関連すると述べている。
これらの指摘は、いずれも脊柱の代償性彎曲が、運動器の痛みの大きな原因となっていることを示している。
(つづく)