統合医療学会に身体均整法に関する論文を提出(その3)
「身体均整法の特徴と運動学的な意義について」(3)
characteristic and significance of kinsei、a view of kinematics
(前回に引き続いて、6月末に日本統合医療学会に提出した論文「身体均整法の特徴と運動学的な意義について」の内容を紹介してゆきます。)
2.身体均整法と運動系との関わり
1960年代に入り「あん摩師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法」違反に関する最高裁の差し戻し判決で、民間療法をめぐる法的な解釈が確定する。最高裁判決によると、療術行為は「あ・は・き法」の規制対象ではないためこの法律によって取り締まられるべきではなく、あくまで憲法25条の公共の福祉に反するかいなかで規制されるべきであるとされた。
法制化の目標こそ達せられなかったものの、この判決によって、多くの療術師の間に、公共の福祉に反しない限りで営業権が保証されたとの認識が広がっていった。この判決を契機に、療術法制化運動は急速に退潮していったのであった。その後、身体均整法は、運動系に立脚した体育手技療法という性格をより鮮明にして独自の道を歩むことになった。
当時、体育学の分野から足圧分布などに注目した運動系の研究が発表され(※8)、鍼灸の分野からも経絡の作用を運動系に注目して説明しようとする研究等が発表されていた(※9)。また、戦間期にW.B. Cannon(1871〜1945)やH. Selye(1907〜1982)らによって確立された精神身体医学が日本に紹介され、精神と身体、こころと内臓と運動系の働きが不可分のものであることが、生理学的にも広く理解されるようになっていった(※10)。
(※8)たとえば正木健雄(東大教授・当時)「姿勢の研究」第一報(『体育学研究』第4巻2号 1960.7) 、同第二報(『体育学研究』第5巻2号 1961.3)、小島則夫(福岡学芸大学・当時)「体重配分測定による立位姿勢の研究」(『体育学研究』第6巻1号 1960.9)、平沢弥一郎(静岡大学工学部)「足蹠面積変化の生理学的意義について : 足蹠に落ちる重心の位置との関係について」(『体育学研究』第6巻1号 1960.9)などがある。
(※9)藤田六郎『経絡現象』(医道の日本 1969)など。
(※10)1960年、日本精神身体医学会が設立され、翌1961年、九州大学に日本ではじめて心療内科が設置され、1963年には池見酉次郎『心療内科』中公新書が出版され、大きな反響を呼んだ。
身体均整法は、これら、運動系をめぐる学問的な研究動向を吸収しながら、体型分類を用いて、全身の運動系をより包括的、協調的に捉えて調整する視点を獲得した。身体均整法の体型分類の姿を整理してみると以下のようになる。
- 1.足圧分布にあらわれる重心の偏りに基づく体型的な特徴の分類 (前重心、後重心、右重心、左重心、など)
- 2.脊椎を指標に、発達的な体節領域による体型の分類 (頭脳発達型、呼吸器発達型、消化器発達型、泌尿器発達型、生殖器発達型 など)
- 3.矢状軸、前額軸、水平軸を基軸にした運動の傾向による体型の分類 (前後型、左右型、回旋型、伸縮型、内転外転型など)
3. 筋運動学・バイオメカニクスの観点
それでは、筋運動学・バイオメカニクスの観点から、身体均整法の特徴がどのような点にあるのか、ここではとくに高齢者の運動機能をめぐる近年の研究を踏まえて整理してみたい。高齢者の姿勢・運動について、さまざまな角度から研究が進められている。
植松光俊、金子公宥「高齢女性の自由歩行における下肢関節モーメント」(『理学療法』 第24巻第7号 1997)は、「関節角度について研究」から1.踵接地期における足背屈角の減少、2.股屈曲角と膝伸展角の減少、3.蹴り出し期における足底屈角の減少、「筋電図学的研究」から歩行速度低下の原因となる1.下肢筋群における相反的活動パターンの消失、2.踵接地期・蹴り出し期における前脛骨筋、腓腹筋、大腿二頭筋の活動の増大、3.その基礎となる膝伸展力の低下、足関節屈伸筋力や足背屈筋パワーの低下、さらに「動力学的研究(Kinematics)」から、蹴り出し期における推進力(水平分力)の低下などを紹介している。
また小野晃・琉子友男「静的・動的姿勢制御能の若年者と高齢者」(『日本生理人類学会誌』vol.4 no.4 1999.11)は、重心移動課題に対する重心動揺の分析から、前後方向の移動能力の低下、とくに後方への移動の困難、また速いスピードにおけるバランスの悪さなどを指摘している。
高井逸史・宮野道雄ら「加齢による姿勢変化と姿勢制御」(『日本生理人類学会誌』vol.6 no.2 2001.5)は、重心線から胸椎後彎頂点までの距離の増大、骨盤の水平化、立位時の膝関節の屈曲角度の増大、重心が後方に変位する傾向や、膝伸展筋の過剰な働き、姿勢制御における足関節ストラテジーの低下による股関節ストラテジーへの依存傾向などの諸点を指摘している。
中村綾子、内昌人ら「矢状面上における重心移動能力と脊柱彎曲度との関連性に関する報告」(『理学療法学』vol.33 no.3 2006.04.20)は加齢にともなう脊柱の変化の一般的な傾向として、「頭部の前方移動や胸椎後彎の増強など脊柱変形を伴った前屈姿勢を呈し、支持基底面における足底中心は前方に変位する。立位での随意的な重心移動能力は加齢とともに低下し、特に支持基底面後方における重心移動能力の低下は著しい」としている。これは、高齢者の運動能力に対する研究状況をおおむね反映したものといえるであろう。
筋電計や重心動揺計、スパイラスマウスを用いた計測数値を集積し、多変量解析によって種々のパラメータ間の相関性を取り出せば、どのような指標が加齢による運動機能の低下と正あるいは負の相関を示すか、統計的に明らかにできる。その結果、運動機能の低下をおぎなう筋力トレーニングや運動指導がどのようなものなのか、多くの仮説が得られる。このようにして、より適切効果的なトレーニングや運動指導のあり方が探索されている。
たとえば羽崎完・田平一行ら「地域在宅高齢者における脊柱アライメントと運動機能の関係」(『理学療法学』vol.33 supplement no.175 2006.4)では、地域で生活する自立歩行可能な高齢者49人を調べた結果、スパイラスマウスを用いて計測した「椅坐位および立位時の脊柱前彎角度」が、「6分間歩行距離」と有意な負の相関、「time up and goテスト」と有意な正の相関を示すこと、また「骨盤の前傾角度・脊柱アライメント」と「股関節・膝関節の屈伸筋力」や「屈筋力・伸筋力のアンバランス」があまり関係しない可能性があることなどを指摘している。
また久野譜也「高齢者の運動機能トレーニング?介護予防と筋力トレーニング」『臨床スポーツ医学』vol.27 no.1 (2010.1 文光堂)所収では、加齢に伴う速筋繊維の萎縮を抑制する運動の方法として「たとえ高齢者であっても筋力トレーニングのような有酸素運動に比べ筋により強い負荷をかけられる運動方法が必要となる」としている。
(つづく)